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オフィーリアはリュートを弾くのか抱くのか問題 [愛しのリュート達]


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Alexandre Cabanel“Ophelia” (1883年)




前の記事を公開したのち、シェイクスピアのハムレットの第4幕第5場、
狂乱のオフィーリアが登場するシーンの箇所について、

・福田恆存訳では リュートが登場する、
・「ハムレットQ1」というタイトルの安西徹雄訳が出版されている、

というご教示を頂きました。誠にありがとうございます。

そこで今日は近所の図書館に出かけ、いくつかの日本語翻訳を比較してみることに。

結論から言いますと、Q1、Q2、F1という3つの版の成り立ちや相互関係、
またそれらの価値判断について、専門家の間でも意見が分かれています。

日本に限らず、これまでの翻訳家・校訂者は、
それらのうちのどれかを中心としつつも、必ず他も並行して参照し、
箇所によっては部分的に混ぜつつ翻訳をしているようです。
特にQ1はト書きが充実しており、当時の演劇の様子を示す資料として信頼できる、と
いうことで、ト書き部分のみ採用する場合が見受けられます。


               ***


さて、問題の箇所、Q1のト書きの英語は、

“Enter Ofelia playing on a Lute, and her haire downe singing”

この部分がどのように翻訳されているでしょう。


1 福田恆存訳(新潮文庫)________________

オフィーリアは狂乱のてい。乱れた髪が肩にかかり、
胸にリュートを抱きしめている。

(リュート登場! でも弾かないで抱いているだけ・・・。)


2 野島秀勝訳(岩波文庫)__________________

彼女は狂乱の体で、リュートを抱き、乱れた髪が肩にかかっている。

(リュート登場するも、これも抱いているだけ。弾いてよ・・・)

*この二つの翻訳は同じドーヴァ・ウィルソンが校訂した新シェイクスピア全集を基に
翻訳したものなので、共通性が見られます。
校訂者ウィルソンは、Q2を最も信頼するものとしつつも、
Q1とF1からも部分的に採用。(解題より)




3 小田島雄志訳(白水Uブックス)_________________

ホレーシオがオフィーリアをともなってふたたび登場。

(リュートの記述なし・・・)


4 坪内逍遥訳(中央公論社)____________________
初版明治42年、昭和8年再版されたものを参照。

ホレーショー心狂ひたるオフィリャをつれて出る。

(琵琶とでも訳されているかと期待したけど、登場せず)




ではいよいよ「ハムレットQ1」というタイトルで訳された安西徹雄訳を!
 (Q1なんだから、リュート登場するよね、ね!)



5 安西徹雄訳(光文社古典新訳文庫)_________________
(Q1ではこのシーンは第2幕第6場にあたる)

オフィーリア 登場


・・・のみ。(あれ?!)



これはいったいどういうことなのか。
本の最後、小林章夫氏による解題に言及があった。

(Q1資料のト書きが充実しているという文脈で)
・・・「オフィーリアがリュートを弾き、髪を垂らして歌いながら登場」とある。
(本翻訳では単に「オフィーリア登場」としかしていない)
ここなどはシェイクスピア時代の上演の様子を伝えるものとして、興味深いのではないか。・・・・


だったら、それを訳してくれれば良かったのにー!
と、解題の小林氏に言ってもしかたない。
安西氏は2008年に亡くなり、この本は2010年に出版されている。

安西氏はなぜこの部分を省略したのだろう。
この訳が、演劇集団「円」で実際上演するための台本として翻訳されたことを考え併せると、
「リュートなんてどこから調達してくるんだよ?」ということだろう。

それと同様に1と2の訳では「リュートを弾きながら歌う」が
「リュートを抱いて」になってしまうのも、
「リュートの演奏指導、誰がするのよ?」という現実問題なのだろうか。
いやいや、それは文学というものに対する私の認識の甘さで、
おそらくQ1でない別の資料に「弾く」ではない「抱く」とした記述があるのだろうと想像する。


これ以上は、私の手に余るので、ここまでとさせていただきますが、
オリジナル資料を比較するサイトがありましたので、リンクしておきます。


なお、私が通常参照している書籍は小田島雄志訳の白水Uブックスのシリーズと、
英語で全作品を検索できる以下のサイトです。


オフィーリアの場面で音楽的に重要なのは、
この後に出てくる「ウォーシンガム」というバラッドを歌うところなのですが、
残念ながら、この秋の私のコンサートではこの曲は弾きません。
これについても、先の論文で非常に鋭い考察がなされています。

コンサートのご案内「シェイクスピア時代のリュート音楽」
9月25日(日)15時開演@中野 
10月2日(日)15時開演@高崎 


上に挙げた書籍のデータ、貼っときますね。









 

 これ、面白そうだなっと思っています。







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