リュートカレンダー5月の絵 [愛しのリュート達]
五月の連休も終盤となりました。いかがお過ごしでしたか?
さて、今月のリュートカレンダーの絵をご紹介しましょう。
オラツィオ・ロミ・ジェンティレスキの【リュートを弾く娘】。
Orazio Lomi Gentileschi (1563-1639) “The lute player” (1615年頃の作品)
イタリアのピサの生まれ、ちょうど同じ頃、同地でガリレオ・ガリレイが生まれています。
どんな風貌の人かというと、アンソニー・ヴァン・ダイクによる肖像画がこちら。
簡単に経歴と特徴をまとめると・・・
1)イタリアのバロック期の画家であり、カラヴァッジョ派(カラジヴァッジェスキ)の代表的な一人。
2)娘、アルテミジア・ジェンティレスキも画家。(リュートカレンダー1月の絵をご参照下さい)
3)フランスのマリー・ド・メディシス、イギリスのチャールズ1世の宮廷画家として活躍。
詳しい経歴を知りたい方は wikipediaのこちらをどうぞ。
1)のカラヴァッジョ派の画家、という点については、
この春、東京で開催されている「カラヴァッジョ展」に、彼の別の作品が出展されていたことからも
周知された感があります。
カラヴァッジョの暴力事件に関する裁判で証人になり、その数年後には、
2)の娘のレイプ事件の裁判があったりして、お父さんも心の傷を負い、町に居づらくなってきます。
そこでオラツィオは、イタリアの外で仕事を取ろう!という作戦に出ます。
もともと、カラヴァッジョが殺人事件を起こして逃亡したのち、
そのパトロンの注文を引き継いだくらいの絵の実力はあったし、
カラヴァッジョと違って、集団での制作活動もこなせるコミュ力高い人!
その結果が、3)のフランス、イギリスの宮廷画家ということになります。
その画風は、次第に柔らかく装飾的になり、貴族たちにも 大受け!
人生、何がきっかけとなって幸運を呼び寄せるか、わからないものですな・・・。
ちなみに、オラツィオがイギリスに移住した同年に、ダウランドが亡くなっています。
惜しい! ニアミス。
***
さてさて、本題の作品を。
まずは、リュートの細部を見てみましょう。
リュートの表面板が後ろ向きになっていて弦が見えないので、
ペグの数からコース(弦の数)を判定することに。(少し彩度を上げました)
ペグは19個並んでいるので、これは紛れもなく、10コースのルネサンス・リュート。
1615年頃に描かれているので、時代もぴったり。
1コースは、単弦。
この絵の一番面白いところは、フレットの巻き方です!
うっ、見ただけで痛いよ・・・。
左親指がモロにあたる位置に、フレットの結び目が作ってあります。
フレットの結び目部分はトゲトゲしていて、この上に親指が来てしまうと、
それが指に突き刺さり、痛くて弦を押さえるどころではありません。
通常は、棹の最も上の部分、ほとんど指板の表面と棹の境目に近い部分に結び目を作ります。
ただ、貧乏くさい話ですが、擦り減ってきたフレットを節約するために、
半回転させて再利用することがあり、その際この絵のような状態になります。
その時「節約」と「痛み」をどっちを取るか、という厳しい選択を迫られているのですよ。
(誰もそんな私の心中など知らんだろうけど)
こんなところにフレットがあって痛くないのか?と 不思議ではありますが、
こういうフレットは 他で見ることがなく、とても興味深いです。
ちなみに、このフレットはダブルではなく、シングルで張られていますね。
次に、テーブルの上を見てみましょう。
ヴァイオリンがまず目に入ります。
弓がその下敷きになっているのですが、これは大丈夫なのでしょうか?(ちょっと心配・・・)
ヴァイオリンの左右に、二本の管楽器。
どちらも穴の側をこちらに向けていて、全貌が不明なこともあって、
専門外の私には具体的な名前がわかりません。
右の方は少しラッパ状に開いた形状ですが、これは ショームでしょうか?
左はツィンク? 円筒形でなく、少し角っとしているように見えるし、皮を巻いてあるような。
二冊の楽譜が開いて置いてありますが、タブラチュアではなく五線譜。
曲を特定するところまではいきませんが、読めるんじゃないか、と思うほどに、
細かく書いてあります。
この時代の風俗画は、これらの小道具にも アレゴリー(寓意)を読み取って解釈するわけで、
いろいろな記述を読みました。
例えば、真剣に耳を澄ましている様子が「聴覚」を表している、とか、
リュートの弦を奏でている姿が ギリシャの女神「ハルモニア」(調和)を示している、とか。
そんな小難しいことは、私はどうでもいいわ。知りたいのはただ一つ。
【この娘は 耳をこんなにリュートにくっつけて、いったい何をしているの?】です。
調弦するでもなく、弾いているにしても姿勢が変。
それで、この通りに10コースリュートをテーブルに置きつつ支え(これはよくある持ち方)、
テーブルの上から楽譜を半分垂らし・・・と、実際にやってみることにしました。
このように楽器を保持すると、思いの外、左腕とテーブルの間にはスペースがあります。
そして、その姿勢でテーブルの上の楽譜を見ようとすると、まさにこのポーズになるのです。
リュートを持っている人は、やってみるといいですよ。
あとは黄色のジャンパースカートを着て、うなじを見せれば、もう完璧!
そして、この作品のリュート以外の見所は、ジャンパースカートの「紐」だと思う。
ファスナーというものがなかった時代は、ドレスを脱ぎ着するために紐をクロスしながら
(今の靴紐のように)閉じていたわけですが、これは結構、面倒くさい。
後ろにあるから、手がつりそうになる。
身分の高い人なら女官が手伝ってくれるものの、一般人はどうしていたのか。
これが長い間、疑問だったのです。
後ろ中心ではなく やや脇よりにあり、しかも完全にクロスさせてはいない。
これなら自分一人でも着脱できそう。
一方通行のみの紐通しなので、紐の長さが余っている。その紐を辿って・・・。
紐の先端部分を見ると、ほつれ止めなのか 穴に通しやすくするためか、
何かによって補強されているのがわかります。
ちょうど今の私たちが、セロハンテープでそうするように。
リュートのフレットの結び目の位置や、こんなドレスの紐の先とか、
(おそらく私以外の人にとってはどうでもいいことを)
いちいちリアルに描き込んでいるのを見ると「ああ、やっぱりカラヴァッジョ派だなあ」と納得した次第。
長くなりました。最後まで読んでくださって、どうもありがとうございました!
【今月のCD】
ジャケットはカラヴァッジョの作品。
内容は、ちょうどオラツィオ・ジェンティレスキと同時代のイタリア、そして移住したイギリスの、
その頃のリュート曲が収められています。
リンク先で、一部分の視聴ができます。
イギリス・イタリア・リュート作品集 [Import](Lindberg:Virtuoso Lute Music from Italy & England)
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Bis
- 発売日: 1988/03/01
- メディア: CD
この作品をジェケットに使用しているCD。
やや珍しい内容で、あのカッチーニの娘、フランチェスカ・カッチーニの作品を収めています。
カッチーニ:宗教曲と世俗歌曲集 (Caccini: Maria, dolce Maria)
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: BRILLIANT CLASSICS
- 発売日: 2013/03/01
- メディア: CD
有名なシチリアーナ(これもちょうど同時代)やイギリスものを収録したミニアルバム。
初めてリュートを聴く方にもオススメ。