リュートカレンダー1月の絵 [愛しのリュート達]
リュート・カレンダー2016、1月のページに掲載されている絵は、
アルテミジア・ジェンティレスキ Artemisia Lomi Gentileschi(1593-1652)の
「リュートを弾く女性」Woman playing a luteという作品です。
個人所蔵の作品で、制作年は不明。
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細部まで確かな筆致で描かれている人物像から、リュートへと目を転じた途端、
落ち着かない気分になります。
多少、表面板が上向きになっているとはいえ、妙にゴロンとしたボディで、
リュートのフォルムが歪んで見えてしまい、一体これはどうしたことだろう、と。
こんな風にボディの裏のリブが何枚も見えるためには・・・とあれこれと視点を動かしてみる。
すると、床に跪き、モデルの左膝にくっつかんばかりに近づいて見上げた時、
リュートはこんな形に見えるだろう、と思い至ります。
普段、そんな角度からリュートを見る機会はないし、
自分が見る側にしろ、見られる側にしろ、その「距離の近さ」にドキドキしてしまいます。
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作者のアルテミジア・ジェンティレスキは、
歴史的あるいは宗教的なテーマで作品を描いた職業的画家という意味で、
美術史上「最初の女性画家」と言われています。
同じく画家であった父親から才能を見いだされるものの、
当時は女性が美術を学べる場所がなかったため、父親自ら手ほどきをし、
さらに家庭教師としてAgostinoTassi アゴスティーノ・タッシを雇います。
このタッシは、アルテミジアと関係を持つようになり、
それを知った父親は二人を結婚させようとします。
しかし、何とタッシには既に妻がいることがわかり、怒り狂った父親は彼をレイプ罪で訴えます。
その裁判の間に、妻帯者だったというだけでなく、義妹とも内通しており、
二人で 共謀して妻の殺害計画を立てていたことも明らかに。
アルテミジアは、恋人の裏切りに加え、裁判による所謂セカンド・レイプを経験し、
深い心の傷を負うこととなります。
この時、アルテミジア19歳。
この頃描いた作品「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」には、
彼女の心情が表現されているというのが定説になっています。
男に対する憎しみと怒りが爆発、鬼気迫るものがあります(恐)。
父親は、娘の名誉回復のため、フィレンツェの画家と結婚・移住させます。
その後は、画家としてめざましい活躍をみせ、
メディチ家のコジモ2世をはじめ、スペインのフェリペ4世、
イギリスのチャールズ1世などをパトロンに持つという華やかな経歴を持つようになります。
夫は 絵を描くよりギャンブルの方が好きという男で、
経済的には苦労したようですが、アルテミジアは子どもの養育のために精力的に働きます。
そんなアルテミジア母さんの髪振り乱して絵筆を持っている自画像がこちら。
1638-1639年頃の作品。45-46歳ごろ。
二人の娘に絵の手ほどきをしたと伝えられていますが、
残念ながらその作品は残っていません。
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最初に挙げた作品の他に、リュートを描いた作品が2つ残されています。
「リュートを弾く聖セシリア」(1616年頃)
「リュート奏者に扮した自画像」(1615-1617頃)
彼女がリュートの絵を描いているのは、同じく画家で 楽器の絵を多く残している
父親の影響と言われています。
その父親とは、オラツィオ・ジェンティレスキ Orazio Lomi Gentileschiです。
その作品は、リュート・カレンダーの5月でご紹介します。
リュートの種類について。
最後の一枚は、明らかに6コース・ルネサンスリュートですが、
カレンダー掲載の絵のリュートは 左手の押弦の位置から判断し6コース・ルネサンスリュート、
聖セシリアの絵は ブリッジの穴の数から 7or8コース・ルネサンスリュートの可能性あり、
と考えましたが、ペグボックスが見えづらいこともあって、断言はできません。
【CD】
同時期のローマで出会っている可能性があるカプスベルガーの作品集。
リュート&テオルボは 安定のポール・オデットによる演奏で。(私の愛聴盤です)
What Artemisia Heard‐アルテミシアが聞いたもの
- アーティスト: ウッチェリーニ; カプスベルガー; カプスベルガー; フェラーリ; フレスコバルディ;
- 出版社/メーカー: SonoLuminus
- 発売日: 2015/11/25
- メディア: CD
アルテミジアは ガリレオ・ガリレイとも親交があり、その手紙が残されているとのことから、
ガリレオの弟、ミケラニョーロ・ガリレイの作品を集めたものを。
Michelagnolo Galilei: Intavolatura di liuto
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Ramee
- 発売日: 2014/03/25
- メディア: CD
日本語解説つきはこちら。
【映画】
アルテミジア・ジェンティレスキの生涯を映画にしたものがあります。
事件の詳細について興味があるかたはこちらをどうぞ。
17世紀の美術制作の現場や、衣装など見所いっぱい。
【書籍】
女性画家であったこと、事件の裁判記録が残っていることから、
20世紀以降、美術作品よりむしろ、ジェンダー研究の対象として注目されています。
その参考書籍はこちら。