グリーンスリーヴズ再考〜娼婦に振られた男の歌というのは本当か? [コンサートのお知らせ]
(リュートを弾くエリザベス一世)
イギリス・ルネサンス音楽、特にシェイクスピア関連のコンサートでは定番中の定番、
「グリーンスリーヴズ」について改めて考えてみたいと思います。
「緑の袖の愛しい人」と訳されることが多いこの作品、私はずっとモヤモヤしているんです。
「緑の袖」って具体的に何を意味しているのか、どうもよくわからない。
まずは、この作品について、よくある解説をまとめてみましょう。
【ルーツ】
スコットランドとイングランドの境界あたり。
16世紀、エリザベス一世の時代に遡ることができる。
シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」に曲名が出てくる。
他の資料などからも、17世紀の半ばにはイギリス人の多くが知っている流行曲だったことが明らか。
【音楽的特徴】
ロマネスカという定型バス(コード進行)に基づく。
有節形式。
歌曲の他、リュートソロ版、リコーダーと通奏低音の版などがある。
その後もこの旋律は様々なスタイルで編曲され続け、現代では「イギリス民謡」と認識されている。
イエス誕生の歌詞に差し替えたものもあり、クリスマスの讃美歌としても有名。
【歌詞の内容】
思いを寄せる女性に振られてしまった男の失恋の歌。
(歌の歌詞と日本語訳については後述。)
さて、ここからが問題。
◉この女性はどんな人物なのか。
1)緑の色が情欲を示唆するゆえに、性的に乱れた女性、あるいは娼婦という説。
2)ドレスは最初白かったが、草の上でのウフフ・・・なことにより緑に染まった説。
3)緑の服を着て若い男女が集う五月祭で出会った説。
などがありますが、いずれも「緑」に注目して派生した解釈と言えるでしょう。
では本当に「緑色」が性的な情欲を示す、あるいは
「緑色の服装」が娼婦という身分を表すものであったか、
服飾における色彩学のデータを見てみました。
(20ページにルネサンス服飾についての言及があります)
これによると、ルネサンス時代の衣装で多い色は、明るい赤と金色で、
暗めの紫と「緑色」がそれに続きます。
(ちなみに皆無だったのは黄色と青色。黄は罪人、青はマリア様の色なので、これは納得)
絵画での貴婦人の肖像画でも緑のドレスの女性は描かれている。
以上から「緑色が性的に乱れた女性を示す」というのは、あまり当てはまらなさそう。
そもそもの疑問として、通常、女性を賛美する歌の場合、
女性の瞳の美しさや、髪の色や、ため息をつく口元がどうのこうの、という様々な描写がされます。
それなのに、この歌は、女性の服装しかも「袖」をピンポイントで言及しているのは何故なのか?
◉そこで「袖」の部分に注目してみることにしました。
再び、服飾史を紐解いてみると・・・
・中世以降、男女の間で愛情を示すものとして「袖を交換する」風習がある。
・イギリス、ヘンリー八世〜エリザベス一世時代、袖の部分はアームカバー状の独立した部分で、
身頃とは別になっていた。着用する際は、その都度、細紐やリボン、ピンなどで留めた。
(肩の部分が膨らんでいたり、ケープ状の上着を羽織っているのは、継ぎ目を隠すため。)
・ルネサンス時代のファッションで一番装飾に力を入れたのが袖部分であり、
豪華な刺繍や宝飾品を縫い付けたものであったため、しばしば「贈答品」となった。
(ヘンリー八世の衣装目録や、エリザベス一世の贈答品目録に「替え袖」の項目あり)
当時は、「袖」に特別な意味があり、袖は簡単に取り外しができたということがわかります。
スカートやズボンの一部とかだったら、ちょっと困るかもしれませんが、
袖は引きちぎって渡してもそれほど困りませんしね。
卒業式に 男子生徒から学生服の第二ボタンをもらう、みたいな話でしょう。
このグリーンスリーヴズの歌の彼女は、愛情を示して男性に袖を贈ったものの、
何かの事情で(家同士の政治的な結婚とか)別れざるを得なくなった、
あるいは、よくある単純な心変わりをしてしまった・・・という状況なのではないかしら。
そのように考えると、
女性から贈られた「緑色の片袖」を手に握りしめつつ嘆いている男性
という情景が浮かんできます。
すると「緑の袖の愛しい人」の意味がすっきり!
今までの解釈だと、
「高嶺の花の娼婦に、人生も土地も貢いだ挙句、振られてしまい愚痴っている男性」と
「金をさんざん巻き上げた挙句、もっといいカモが現れたのでそっちにあっさり乗り換えたしたたかな女性」
(すごい悪意にみちた解釈・・・)という、とんでもない歌だったのが、
感動的な純愛物語・・とまでいかなくとも、普遍的な失恋の歌ぐらいには
イメージアップしたのではないでしょうか。
ここで「グリーンスリーヴズの絵画作品は無いんだろうか」と探したところ、これが。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「My Lady Greensleeves」
ほらー、やっぱりこの女性はアームカバー状の袖部分を外して、持っているではありませんか!
男性に渡そうとしている場面なのでしょう。
最後にグリーンスリーヴズの歌詞を3番まで記載しておきます。
この3連が歌われることが多いですが、全体はもっと長く、また様々なヴァージョンがあります。
Greensleeves
1
Alas, my love, you do me wrong, ああ愛する人、ひどいじゃないか、
To cast me off discourteously. つれなく見捨てるなんて。
For I have loved you so long, ずっとずっと好きだったのに、
Delighting in your company. そばに居てくれるのが喜びで。
*
Greensleeves was all my joy グリーンスリーヴスこそわが喜びのすべて。
Greensleeves was my delight, グリーンスリーヴスこそわが歓喜。
Greensleeves was my heart of gold, グリーンスリーヴスこそわが黄金の心。
And who but my lady greensleeves. ほかに誰がいよう、わが愛しのグリーンスリーヴス。
2
I have been ready at your hand ずっと尽くしていたろう、かたわらで、
To grant whatever thou would crave; 望むものは何でもあげようと。
I have both waged life and land 生活も土地も注ぎ込んだ、
Your love and good-will for to have. あなたの愛と好意を勝ち取りたくて。
(* を繰り返し)
3
Well I will pray to God on high, では天の神に祈るとしよう、
That thou my constancy mayst see, この一途な気落ち、あなたがわかってくれるよう。
For I am still lover true, 今なおわたしは真の恋人なのだから、
Come once again and love me. どうか戻ってきて愛しておくれ。
(* を繰り返し)
CD「やすらぎの歌」(ソプラノ:名倉亜矢子、リュート:金子浩)の解説より転載。
訳:那須輝彦
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1)通常、「グリーンスリーヴス」と表記されることが多いですが、
今回の記事では、発音に近い「グリーンスリーヴズ」表記を採用しました。
2)替え袖をピンで留める話については、以前ガット弦の製造方法についての記事で紹介した本、
『図説「最悪」の仕事の歴史』でも詳しく取り上げられています。